今回の目次
稲荷町の名前の由来 下谷神社に参拝
御祭神
大年神(おおとしのかみ)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
浅草橋駅を出発し、いくつかの神社の参拝をしていると、気がつけば蔵前駅まで来ておりました。
せっかくなので上野駅まで歩いていこう。
ということで歩いていると、
なにやら気になるものが・・・。
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下谷神社へのアクセス
JR上野駅から徒歩10分程度
蔵前駅からも徒歩20分程度
東京は本当にものが密集していますな。
いざ、下谷神社に参拝
したや神社と読むそうです。
公式ホームページはこちら。
東京メトロ銀座線が地下を走る大通りを歩いていると
こちらに遭遇。
下谷神社の大鳥居です。
改装中でした。
それにしても大きい。これほど大きなものが東京の街中にある不思議。
大鳥居をくぐると、
鳥居がもう一つ。
脇には由緒書きもあります。
天平二年(730年)に上野忍ヶ岡に祀られたのが創めと伝えられ、寛永四年寛永寺建立に当り、社地を上野山下に移されました。明治五年までは、「下谷稲荷社」とし称していました。社殿天井絵「龍」は横山大観の力作です。
(東京都神社庁ホームページより引用)
創建は奈良時代。
人皇第45代聖武天皇の御代天平2年(西暦730年)とあります。
都内でもっとも古いお稲荷さんだそうです。
もともとは下谷稲荷社のお名前だったようです。
ですので下谷神社が鎮座されている地名が稲荷町になったそうです。
鳥居をくぐるとこちらが。楼門といってよいのでしょうか。
その先に本殿(拝殿)があります。
楼門の左手には稲荷神社があります。
京都の稲荷神社の千本鳥居を彷彿とさせる、朱の鳥居が立ち並んでいます。
上手い具合に社殿を撮影できなかったので、社殿の向かいにあるお稲荷さんを撮影させて頂いた。
たくさんのお狐さまがいらっしゃいます。
もしかしてこちらは、稲荷山を模しているのかもしれません。
下谷神社の本殿(拝殿)のご紹介
御祭神
大年神(おおとしのかみ)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
下谷神社が元々は下谷稲荷社と称していたことから、
主祭神は大年神と考えられます。
日本武尊については妻恋神社などでご紹介させて頂いていますので、今回はご紹介を控えさせて頂きます。
▶日本武尊と妻恋神社に興味のある方はこちらをクリックしてください。
さて、
こちらの大年神のもまた、お稲荷さんとお呼びするようです。
・・・知りませんでした。
もちろん大年神という神様のことを少しは知っていたのですが、まさか『お稲荷さん』という呼称が大年神のことも指すとは・・・。
お稲荷さんといえば倉稲魂命(うかのみたまのみこと)だけと思っていました。
大年神のご紹介
大年神は須佐之男命と神大市比売(かむおおいちひめ)の御子神とされています。
倉稲魂命も同様に、須佐之男命と神大市比売の御子神ですので、
大年神と倉稲魂命は兄弟神になります。(大年神が兄神らしい)
そして倉稲魂命と同様に、穀物(五穀)の神様とされています。
もっとも須佐之男命が穀物の神様でもあるので、その御子神が穀物の神様であってもおかしなことではありません。
むしろ須佐之男命の御子神だからこそ、穀物の神様である、とも言えます。
しかしこちらの大年神ですが、実は私は詳しく知りません。
というのも、大年神はつかみきれない神様なのです。
上手く説明できないので、今後理解が進んだときに詳しくご紹介させて頂きたいと思います。
下谷神社の摂末社のご紹介
下谷神社の摂末社は一つだけのようです。
といっても稲荷神社ですので、実質摂末社はない、といった感じでしょうか。
隆栄(りゅうえい)稲荷神社
御祭神
宇賀魂命(うかのみたかのみこと)
お名前の表記は立札のまま。
倉稲魂命と同じ神様です。
個人的にはこちらの倉稲魂命のほうが、『お稲荷さん』といった感じがします。
下谷神社は不思議がたくさん
その一 本殿が北を向いている
一般的に神社の本殿は南を向いています。
東や西向きの場合もありますが、概ね太陽の差し込む方向を向いています。
これは古代の中国で『天子南面す』、つまり偉い方が南を向いて座ることに由来する、との説もあるようですが、個人的には
①太陽の動きを計測
②豊穣を祈る神事を行うのに適している
といった理由だと考えています。
どちらとも稲の豊作につながります。
稲の出来は死活問題だったでしょうから。
現代を生きる私には実感しづらいことですけどね。
さて、
前置きが長くなりましたが、
下谷神社の本殿は北を向いています。
過去に何度か遷座されていますので、現在の地に遷座された際に、土地の都合で北向きになったとも考えられます。
ですが、
その可能性は低いでしょう。
なぜなら土地が狭いなどの都合で社殿を北向きにするほど、昔の人々の神社に対する考えは甘くはないはず!
そうなると、明示的に北向きに造られていると考えられます。
本殿が北向きの神社で真っ先に思いつくのが鹿島神宮でしょうか。
▶本殿が北向きの鹿島神宮のご紹介はこちらをクリックしてください。
また、現在の東京にある大國魂神社も本殿が北向きです。
その理由は大國魂神社のホームページにあるように、朝廷の権力が届きにくい東北地方を神威によって治めるといった理由があったようです。
こちらの下谷神社も同様に、東北地方を神威によって治めるといった理由で北向きであると考えられます。
ちなみに、鹿島神宮と下谷神社、そして大國魂神社は、一直線上にあるといえなくもありません。(無理があるか?)
神社を線で結ぶ考え方というのがあるみたいなので、真似事です。
個人的にはそれほど重要だとは考えていないんですけどね。
ちなみに氷川三社も直線上に並んでいますよ。
その二 境内に怪しい張り紙が
まずは亀と意思疎通ができるようにならなくてはいけません。
ハードルが高いですな。
その三 アヒルがグワッグワッ
アフ○ックですね。
鳩もたくさんいます。
ちょっとした動物園です。
といった具合に、不思議の多い下谷神社。
ですが、偶然参拝できたおかげで社殿が北向きということを知ることができました。
こうやって神社の参拝を続けていれば、いつか大きな閃きを得ることができるやもしれません。
神社から古代の日本を探る。
週末ただたかは一歩ずつ歩いていきます。
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