今回の目次
青春18きっぷでめぐる千葉の姫神様④ 弟橘姫命が眠る上総国二之宮 橘樹神社に参拝
御祭神
弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)
青春18きっぷでめぐる千葉県の姫神様の二つ目の神社は、千葉県は上総国二之宮、橘樹神社です。
橘樹神社はたちばな神社とお読みするようです。
さて、
こちらの橘樹神社の御祭神は弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)です。
お名前のとおりお姫様です。
そして日本武尊(やまとたけるのみこと)のお后様でもあります。
日本武尊といえば、たいへん有名な神様です。
そのご活躍は多岐に渡り、現在の九州地方から山陰地方、そして東海地方から茨城県の鹿島神宮の辺りまで及んだとされています。
そして上総国二ノ宮の橘樹神社の御祭神である弟橘姫命は、日本武尊が現在の東京湾(のあたりだと思うのです)を渡って現在の千葉の方へ向かわれる際に、日本武尊のために身を捧げたお姫様とされています。
推測ですが、現在の川崎辺りから東京湾を舟で渡って房総半島に入ったと思われます。
(画像はwebより引用)
また、
今回参拝させて頂いた際、境内に由緒書きが見当たらず、橘樹神社の公式ホームページもないようですので、週末ただたかでは橘樹神社の御祭神は弟橘姫命のみ掲載させて頂きます。
他の方のホームページを拝見すると、相殿神に日本武尊と忍山宿禰 (おしやまのすくね)とありますが。
おそらくそのとおりなのですが、実際に確認が取れていないので掲載は控えさせて頂きます。
ちなみに忍山宿禰 (おしやまのすくね)は弟橘姫命のお父さんだそうです。
上総国二之宮 橘樹神社へのアクセス
〒299-4114 千葉県茂原市本納738
JR外房線 本納駅から徒歩12分ほど
橘樹神社前のセブンイレブンは暑い日にはオアシスだぞ!
いざ、上総国二之宮 橘樹神社に参拝
大鳥居をくぐり橋を渡ります
こちらが大鳥居です。
ぎりぎりまで道路に面しています。
大鳥居をくぐるといくつか鳥居が連なっています。
こちらがおそらく三の鳥居です。
手前には人工的な川を模した堀があり、橋が架けられています。
本来神社にはこのような川と橋があるものなのだそうです。
一説によると、
この橋が現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の境なのだとか。
三の鳥居をくぐると興味を惹かれるものが。
縄文時代と橘樹神社の関係
橘樹神社の境内からは縄文時代の土器や石器が出土するとあります。
橘樹神社が『神社』として成り立ったのがいつのことかは分かりません。
ですが日本武尊の伝承から推測すると、紀元後に弟橘姫命が祀られる橘樹神社となったことが考えられます。
しかし、
現在の橘樹神社の境内から縄文時代の土器や石器が出土することから、橘樹神社が神社の形をとる前から人々の営みがこの地にあったことが分かります。
そしてこの地に橘樹神社が建立されたのは、そもそもこの地に縄文時代の大きな集落があり、原住民の崇める社(のようなもの)があったからなのかもしれません。
こちらが境内の様子です。
たいへんきれいに管理されています。
こちらは神池なのでしょうか。
奥に見えるのが本殿(拝殿)です。
立派な拝殿と本殿、そして弟橘姫命の御陵
さて、
こちらが本殿(拝殿)です。
たいへん美しく、立派な拝殿です。
そう、こちらの拝殿はとても立派なのです。
実際に見て頂くと分かるのですが、こちらの拝殿は内部が一段高くなっているのです。
一般的な拝殿だと覗きこめば床板が見えるのですが、こちらの橘樹神社の拝殿は中を覗いても床板が見えず、内部を見上げる形になります。
失礼ながら本殿も撮らせて頂きました。
拝殿から本殿へ続く回廊も立派で、中の様子を窺い見ることができないようになっています。
そして本殿の裏手にある敷地(小高い丘のような)が、橘樹神社の御祭神である弟橘姫命の御陵なのだそうです。
ちなみに、御陵には許可なく入ることはできません!
どうしても御陵に入りたいという方は宮司さんにご相談ください。
ちなみに他の方のサイトを拝見すると、そもそも橘樹神社には本殿がなく拝殿のみだったそうです。
拝殿をとおして御陵を拝み、弟橘姫命に参拝する形だったようです。
本殿(拝殿)手前、参道に沿った摂末社
まずは本殿(拝殿)の近くの二社からご紹介です。
拝殿の手前、参道の左手に摂末社が二社あります。
拝殿に近い摂末社がこちら。
残念ながら摂末社のお名前は不明です。
扁額の文字がかすれて消えてしまっていて判別がつかないのです。
ですが本殿(拝殿)に近く、参道沿いにあることから、弟橘姫命に関わりの深い神様が祀られている可能性があります。
ちなみに、
こちらの摂末社の脇に騎乗した武士の像があります。
日本武尊・・・にしては甲冑とかが日本武尊の時代じゃないように見えます。
続いて、こちらの像の奥、神池(?)の中にある摂末社です。
こちらも扁額などの文字がかすれていて、お名前が分かりません。
池の中にある浮島を模した空間に鎮座されていますので、水に関わりのある神様を祀る神社と考えられます。
可能性としては宗像三女神でしょうか?
宗像三女神は水に関わりのある神様ですし、なによりも航海の神様です。
日本武尊の航海を助けた弟橘姫命を祀る橘樹神社の本殿(拝殿)の近くにあるのに相応しい神社といえます。
この後参拝させて頂いた千葉神社にも同様の浮島に厳島神社(千葉神社の厳島神社の御祭神は弁天様となっている。しかし広島にある厳島神社の御祭神は宗像三女神)がありましたので、橘樹神社のこちらの摂末社も厳島神社なのかもしれません。
本殿(拝殿)の左奥にある摂末社
右手前から、
窟戸神社。
御祭神は天手力男命(あめのたぢからおのみこと)。
『天岩戸』で天照大御神がお隠れになった天岩戸の岩戸を開いて、その岩戸を放り投げた神様です。
関わりの深い神社として、長野にある戸隠神社や東京にある湯島天神が有名です。
中央にあるのが子安神社。
御祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。
子安神社をネットで調べると、八王子最古の神社が子安神社のようです。
そして、
八王子の子安神社の創建者は橘右京少輔(たちばなうきょうしょうゆう)という方のようです。
・・・橘というお名前は偶然ですかね?
稲荷神社。
保食神(うけもちのかみ)。
御祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)とされています。お稲荷さんですね。
しかし、
保食神は倉稲魂命だけを指すわけではありません。
伊勢の神宮の外宮に祀られている豊受姫神(とようけひめのかみ)を指すこともあります。
橘樹神社の本殿(拝殿)のご紹介
御祭神
弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)
御祭神の弟橘姫命は日本武尊のお后様とされています。
以前神田明神と湯島天神の間にある妻恋神社のご紹介の際に日本武尊については触れていますので、興味のある方は妻恋神社のご紹介をご覧ください。
▶妻恋神社と日本武尊に興味のある方はこちらをクリックしてください。
さて、
弟橘姫命ですが、たいへん立派な拝殿と御陵に祀られています。
それは弟橘姫命が、夫である日本武尊のことを身を投げ打って救ったことに由来するのだと思われます。
弟橘媛命と結婚し、東方の征伐に向かう日本武尊。
道中、三浦半島から房総に渡る際、海が荒れに荒れ、日本武尊の行く道を阻んだそうです。
そして弟橘媛命はその身を海に投げ、荒れる海を鎮めたそうです。
見方を変えればヒトミゴクウです。
(当サイトの妻恋神社のご紹介から抜粋)
やはり実際に参拝させて頂くと、閃くことがあります。
ですが長くなってしまいますので、またあらためて考察としてまとめたいと思います。
興味のある方は考察の方もご覧ください。
▶千葉の神社が姫神様を祀る理由について考察するはこちらをクリックしてください。(準備中)