さいたま市南西部の神社④ 月讀社

謎の多い月読社に参拝

御祭神
月読命(つくよみのみこと)

さいたま市に月読社があると知って以来、こちらにも是非参拝させて頂きたいと思っていました。
それというのも、月読命という神様が謎の多い神様であり、興味を惹かれているからです。
そして、さいたまは月読命と何かしらの縁があるのではないかと思っているからです。

それこそさいたま市には、調神社がありますからね。

さて、
月読命といえば、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉の国から帰られた後に禊をされた際、天照大御神と須佐之男命と共にお生まれになられた有名な神様です。

天照大御神、須佐之男命、そして月読命は高貴な神様であるとされ、三貴子と称されていたりもします。

それほど高貴な神様である月読命ですが、天照大御神や須佐之男命に比べ謎の多い神様です。

今回は月読社に参拝させて頂くことができましたので、月読命という神様についてご紹介させて頂ければと思います。

なお、今回は表題を除き、月読社と月読命で表記させて頂きます。

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さいたま市南西部にある月読社へのアクセス

前回の白山神社から徒歩10分ほど

いざ、月読社へ参拝

こちらの月読社もまた、閑静な住宅街の中にあります。

境内は15メートル四方ぐらいでしょうか。

両脇に背の高い樹々が屹立しています。
ちなみにカラスの棲みかになっているようです。

こちらが本殿(拝殿)。
右端には『遊園地ではないので遊ばないで』といった趣旨の張り紙があります。
前回ご紹介させて頂いた白山神社とは違い、住民の憩いの場というよりは、厳粛な感じがします。

こちらが境内に一つだけある摂末社の稲荷社。

住宅地にある小規模な神社は近隣の住民の憩いの場となっている場合が多い気がするのですが、どうもこちらの月読社は少し厳粛な感じがします。

こちらが由緒書き。

月読社の本殿(拝殿)のご紹介

御祭神
月読命(つくよみのみこと)

月読命は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の禊の際に、天照大御神と須佐之男命と共にお生まれになられた神様。
前述したように、天照大御神や須佐之男命に比べ古事記や日本書紀に登場も少なく、謎の多い神様です。

一例を挙げますと、須佐之男命と同じような逸話があります。

古事記では、須佐之男命大宜都比売神(おおげつひめのかみ)から食物の供給を受けるのですが、大宜都比売が口から食物を出したりと失礼だったので、須佐之男命は大宜都比売を殺してしまいます。
大宜都比売の亡骸から蚕や五穀が生じたことから、この逸話は須佐之男命が蚕や五穀などといった衣食に関する技術を手に入れたと考えられます。
(そしてそれを芦原中つ国に伝播する)

日本書紀では、月読命保食神(うけもちのかみ)から食物の供給を受けるのですが、保食神が口から食物を出したりと失礼だったので、月読命は保食神を殺してしまいます。
保食神の亡骸から蚕や牛馬、五穀が生じたそうです。

以上の二つの逸話は、登場する神様こそ違えど、ほぼ同じ内容です。

しかし、須佐之男命は古事記に描かれ、月読命は日本書紀に描かれています

そして須佐之男命はその後、大宜都比売神の亡骸から生じたものを用いて芦原中つ国を発展させただろうことが想像できます
より具体的に述するなら、大陸から渡って来た須佐之男命が、日本に食物の種や産業の類をもたらしたともいえます。
(須佐之男命は大陸から(おそらく朝鮮半島経由)で渡ってきた可能性が高い神様なのです)

しかし月読命は、保食神の逸話があるのですが、その後何かを成したという逸話が見受けられないのです。
(もちろん現時点の私が勉強不足なのは否めない)

これはどういうことなのでしょうか・・・?
一般的には古事記は内部(天皇家)に向けた書物であり、日本書紀は外部に向けた書物だとされています。

そうだとすると、
須佐之男命と大宜都比売神の功績は内部に向けて、
月読命と保食神の功績は外部に向けて発信したかったと考えてよいのでしょうか・・・?

それは須佐之男命が出雲系(もしくは高天原系)の神様なので内部。

月読命が秦氏が信奉する(という説がある)神様だから外部。

ということなのでしょうか・・・?

また、
一説には、月読命を天照大御神と同一とする考えもあるそうです。
同一というか、そもそも日本を治めた神様(というのはどうか)は月読命で、なんらかの事情があって後に天照大御神に変わった、という考えのようです。

この説の根拠の一つに上げられるのが、伊勢の神宮の正殿の鰹木が偶数(10本)であるので、元来男神を祀っていたのではないかということだそうです。
鰹木が偶数だと一般的には男神を祀っているとされている)

興味深い説です。
そして個人的には、この説を一部支持していたりします。

月読社の摂末社のご紹介

稲荷社
御祭神 保食神(うけもちのかみ)
合祀神 大日孁命(おおひるめのみこと

由緒書きによると、摂末社は稲荷社です。
ですが、御祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)(お稲荷さん)ではなく、保食神(うけもちのかみ)です。

保食神は先ほどご紹介させて頂いたように、月読命に殺されてしまい、その亡骸から蚕や牛馬、五穀が生じた神様です。

その保食神が月読社の摂末社に祀られている

摂社は本殿に祀られている神様と関係の深い神様を祀る社なので、保食神が祀らているのは至極納得できることです。

しかし、
須佐之男命が本殿に祀られている神社に、大宜都比売神が摂社に祀られている神社はあまりないような気がします(私が知らないだけかも)。

月読命を祀る月読社の摂社に、保食神が祀られている。
当然といえば当然なのですが、不思議な感じがしたりもします。

そして、
気になるのが稲荷社に合祀されている大日孁尊命おおひるめのみこと)です。
大日孁尊命は天照大御神の別称とされています。

大日孁尊命 = 天照大御神 ですので、月読命を祀る月読社の摂社に大日孁尊命が祀られていることもまた、おかしなことではありません。

しかし、
個人的には 大日孁尊命 = 天照大御神 ではないのではないか、と考えていたりします。
それでは大日孁尊命とはどのような神様なのかという明確な解も現時点では持っていないのですが・・・。

そしてこちらの月読社ですが、由緒書きもまた、興味深いものでした。
長くなってしまったので、月読社の由緒書きについては次回ご紹介です。

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